「Noa Yoshi Information」カテゴリーアーカイブ

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ぼよよん共和国、っていうのは中西圭三さんが「まあるい笑顔」を広げるためにはじめたボランティアプロジェクト。

われわれは伊勢でのチャリティライブから、活動の一端をお手伝いしています。

中西圭三さん、素晴らしい考え方と心を持った人。

とくに今回の大震災については、繊細に、真面目に、真剣に多くのことを考え、震災後すぐにチャリティ活動を始めました。

4月17日の奈良を皮切りに、4月18日の伊勢、5月22日の大阪では皆さんからの義捐金を集め、昨日は避難されている方々の多い棚倉町での開催になりました。

 

まずは被災されている方が避難されている「ルネサンス棚倉」の会議室で生声コンサート。

約40名の方々を前に数曲を生声で披露しました。

なかなか聞けませんよ、中西圭三の生声。

「目の前で聞けて幸せ」

相馬郡から原発を避けてこられた方。

だって目の前数メートルのところで中西圭三さんが歌ってるんですから、痺れますよね(笑)

伴奏は、ずっと活動を一緒にされているパパゴンこと鈴木英俊さん。

のほほんとした顔をしていますが、前日まで角松敏生さんコンサートのために連日長時間のリハをぬっての根性参加。

手をアイシングしながらの参加です。

こういう純粋な気持から沸きあがる「力」って人に伝わるんですよね。

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この後、われわれ「肩揉み隊」が被災者の皆さん、そしてそのお世話をされている方々を肩揉みしちゃいました。

われわれハワイアンマッサージ(クウイポロミロミスクール&サロン)の3名と、セブ島式マッサージ(ヒロット)の2名、計5名です。

みなさん、肩も腰もコリまくり。

皆さん口をそろえて「待遇がいい」とおっしゃってるここですら、皆さんの心労と身体のお疲れが身体にあらわれていました。

大変なんですね。

そういうしかないようなお話ばっかりです。

ほとんどが福島原発の20キロ圏内で家がほとんど損壊していない方ばかりなのでなおさら焦燥感が募っておられます。

もう、我々には肩を揉むことと祈ることしかできません。

 

でもでも、

みなさんが「よく来てくれたねぇ」と暖かく迎えてくれて、

「気持ちよかったよ。疲れが吹っ飛んだ。」

と言ってくれました。

なんだかわれわれが癒されに行ったような、そんな感じまでしてしまう今回の肩揉み隊でした。

 

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終了後はマネージャさんも圭三さんもヒロットとロミロミを堪能しました(笑)
下の写真、上の1枚は可愛いセラピストに照れ気味のマネージャーさん。
下は尻を触られている圭三さんに突っ込みを入れるいマネージャーあきらさん。
 
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この後、改修の終わった棚倉のホールで本格的な中西圭三コンサートが行われました。
 
圭三さんノリノリ、福島の方もノリノリの素晴らしいコンサートでした。
 
大人の事情で(笑)写真などは載せられませんが、
 
とにかく素晴らしかった。
 
WOMAN、沁みました。
 
風雅、いつ聞いても泣ける曲です。ウルウルしました。
 
TIMING、ブラックビスケッツ…懐かしいと同時に元気が出てきました。
 
ぼよよん行進曲、ぱああっぷ体操。子供から大人まで地響きするくらいの全員ジャンプ。
 
 
いやいや普通のコンサート以上に歌ったんではないでしょうか。
 
素晴らしかったです。
 
今度時間のあるときに、往復20時間超えの男3人珍道中を紹介します。
 
 
最後の写真。誇り高き「ぼよよん共和国肩揉み隊」。
 
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最後に、この肩揉み隊、ぼよよん共和国伊勢実行委員会の皆さんの寄付によってガソリン代、高速代を賄わせていただきました。
仲間、とはすばらしいものです。
この「肩揉み隊」、そういうぼよよん共和国の三重の仲間たちに支えられていたことを加えて、みんなの協力に心から感謝したいと思います。
みんな、ありがとう!!
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「国内苦手な山下マヌー氏が国内を歩く」というちょっと面白企画の企画者として取材に同行してきました。

今回は岐阜の長良川、鵜飼を見る旅。

内容自体はあまり私が書いてしまうとマヌーさんが書くことなくなるといけないので(爆)…というか、あまりかけないのですが、とにかく男3人旅、楽しかったのです。

(詳細はじゃらん東海、8月1日号で)

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山下マヌー氏、じゃらん東海編集長原田氏、私。

とにかく濃い3人の「大人の修学旅行」でした。

原田氏と山下氏は昨日が初対面。にもかかわらず共通の知人も多く「旧知の友」のように…。最後は浴衣で一つのお部屋で就寝。本当に「修学旅行」そのままでした。

まあ、それにしても、山下マヌー氏の才能っていうのはすごい。頭の中をのぞいてみたくなる回転の速さです。

おまけに視点が常人とは違う。プロも一流になると違うものなのだなぁ、などとのんきに感心。

編集長原田氏も頭の回転が速い。ただ酒が入るほどにゆっくり待ったりして最後は寝るけど(笑)

 

鵜飼見物船上のビールに始まり焼酎、日本酒。

そして下船後一面識もない「ゆき」ちゃんにツイッターで呼ばれておされなカフェへ。

とても素敵な人だったのでラム酒からワイン…。

かえりがてらは「〆なきゃいかんでしょう!」というマヌー氏の一声で全員ラーメン。うまかった。

そこでもしこたまビールを飲んで…、という暴挙。

最後は部屋飲み。焼酎のお茶割に柿の種のトッピング。

大変美味しゅうございました。

 

いやいや、男同士の旅、高校生気分に戻れるのも最高だけれど、いろいろな刺激を受けてしまう素敵なひと時でした。

これから定期的に3人旅をすると思うとワクワクです。

 

今日は時間がないのでここまで。

旅って楽しいな!!

 

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ご存知の方は知っている…当たり前です…カイポカネアクア師です。

写真家の高砂淳二さんもハワイアン文化の師匠とされています。

この写真は卵専門店でイキのいい卵を買ったことを自慢している一幕。

 

今回久々にお会いしたのですが、この人、不思議なことにどんどん若くなっている。

昔の写真は本人が怒るので載せませんが(笑)

高砂淳二さんの「ハワイの50の贈り物」に載っている7~8年前の写真と比べると今の方がよほど若い感じがします。

 

若さの秘訣は「節制」です。

 

師匠は基本的にお酒もたばこも大好き。

一緒に飲んでいるとかなり夜が深くなるまで離してくれません。

ビールが大好きで、ときには昼から飲んだりしちゃう人です。

 

とjころが時々一切お酒を口にしなくなる時期があります。

短い時には1ヶ月くらい、長い時には半年以上もお酒を飲みません。

「スピリットが飲むな、という」

と本人は言うのですが、我々凡人には、

「飲みたくなくなった時には飲まない」

だけなような気がしてしまいます(笑)

 

でも師匠いわく

「それがスピリットが語りかける、ということなのだ」

だそうです。

 

なんとなくわかります。

 

周りに振り回されることなく

「気分」通りに生きること。

それも「好きなことをやる」というだけではなくて

「好きなことをやめる」ことまで含めて流れや気分に任せる。

それも大切なのかもしれません。

 

師匠の若さの秘訣は「節制」。

そしてその奥に見え隠れする「気分で生きる」というきわめていい加減だけど難しい生き方なのかもしれません。

 

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『オハナ(家族・一族)』

 「おはよう」から「こんばんは」、さらには「さようなら」や「愛しているよ」を表す、なんにでも使えちゃう「アロハ!」というハワイ語のほかに知っているハワイ語はありますか?… 「マハロ(ありがとう)」などもよく使う言葉ですよね。

 ハワイアンがとても好きな言葉の一つに「OHANA(オハナ)」という言葉があります。辞書などでは「家族」と訳されています。

 ハワイアンとの間に強い絆が生まれると

「おまえはオハナだ」

と言われることがあります。わかりやすく言えば「家族のように身近で心の通った絆の深い仲間だ」という意味です。めったに言われることはありませんが、それは一生の付き合いになったことを意味します。

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 昔のハワイアンは現代のような両親と子供、という今のような小さな家族構成ではありませんでした。二世代前から二世代後、そして全く血の繋がっていない人までが「一族」として暮らしていたわけです。

 「一族」は各々が役割を持っており、お互いがお互いの命を預け合って生きていました。漁の上手な者は漁をし、カヌー作りの上手い者はカヌーを作り…。例えば漁をしている者が魚一匹取れなければ一族は飢に瀕してしまう。そういう絆の中で「一族」は結束していったわけです。

 命を預け合っている「一族」の絆はすさまじいものです。子供は一族全員で育てます。食べるものがない時には子供、老人、大人の順に少ない食べ物を分け合ったと言います。昔の日本もそうでした。

 核家族化してしまい、人の間のコミュニケーションが難しくなってしまった現代に起きた震災。家族同士、近所同士、地域同士…最終的には日本人という民族同士が力を合わせてこの困難を乗り越えなくてはいけない、そう天に言われているような気さえします。

がんばろう!日本!

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ハワイに行ってきました。

十数年住んでいた時とは違う、

新鮮で強烈で、しかもまったりとしたハワイに出会ってきました。

 

ハワイ、素敵です。

ハワイにハマっている人が多いのもうなずけます。

それはおそらくハワイには色々なハワイらしさがあるからなのかもしれません。

 

そのうちの一つがノスタルジックなハワイ。

ネイティブハワイアンだけの王国の世界から白人の宣教師が入ってきてアメリカの香りがしはじめたころのハワイです。

 

少し前までは、ここらへんのハワイはあまり好きではありませんでした。

古代のネイティブハワイアンが自然を舞台に大切に生きてきた世界を白人が奪って作った、

素敵なネイティブの世界に、自分たちのわがままで横暴な文化を持ち込んで作ったハパ・ハワイアンな世界だから。

 

ハパ・ハワイアンっていうのはハーフハワイアン、っていうこと。

ハワイアンとアメリカンのハーフ、っていうことです。

 

もちろん白人たちの横柄で押し付け的なところもあったのは事実ですが、

ハワイアンは自分たちから進んで近代文化としての白人文化を受け入れていったのも事実です。

まあ、われわれが云々いうことでもないのかもしれません。

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ハレイワタウン、ワヒアワタウン、チャイナタウン…オアフにもさまざまな古い街が残っています。

ビッグアイランド、マウイ、カウアイ等の島々にもなんともセピア色の街がたくさん残っています。

モロカイに至ってはすべてがノスタルジックな感じに包まれていたりします。

 

こういうゆったり、まったりとした街に落ち着きを感じたり、憧れを感じたりするのに、

どういうわけか自分たちの住む街は近代的な都市計画を立てたりしてしまう。

なんだか違うな、などと感じてしまった次第です。

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『What a Wonderful World(なんて素敵な世界)』

アメリカのルイ・アームストロングが1967年に歌い大ヒットになった曲です。ハワイではイズラエル・カマカヴィヴォオレ(IZ)が1993年にカバーしたことでハワイアンにも『アロハスピリット』溢れる曲としてファンの多い曲でもあります。

 

『なんて素敵な世界』

(ヨシノア意訳)

緑の木々、赤い薔薇、僕たちのために花は咲き乱れる。…なんて素敵な世界なんだろう。

青い空、白い雲、輝く光、暗い夜だって最高に思える。…なんて素敵な世界なんだろう。

七色の虹も美しく、行きかう人々の笑顔も虹のよう。友達同士、握手をして「調子はどうだい?」って言葉を交わす。これは「愛しているよ」っていう意味なんだ。

泣いていた赤ちゃんが育ち、学び、多くのことを知っていく。

なんて素敵な世界なんだろう。

 

われわれは自然とともにあります。自然を畏(おそ)れ敬い、自然を大切にしながら、自然に生かされている、という考え方です。日本の昔からの信仰、ハワイアンの昔からの信仰の原点でもあります。

ところがわれわれは日常に埋没してしまってこのような基本さえ忘れてしまいがちです。この曲はこの「自然」への想いや考え方を思い出させてくれます。地球や宇宙がとても美しく愛すべきものであるということを。

今日(4月15日)、被災地気仙沼でカキ養殖をしている方のインタビューを見ました。

「海があるかぎり、自然がある限り大丈夫。」「二年間待ってくれ。絶対に甦らせてみせる。」

力強い素晴らしい輝きを持った言葉でした。

今回の震災、本当に大変でした。これから先も当分はこの大変さが続くのだと思います。

ただ、海も空も青く輝いてくれています。雲は白く浮かんでいます。土や木々の緑にだって再生能力はあります。

これに日本人だからこそ、のパワー、そして知恵と思いやりの心があれば、かならず日本は素敵な日本に再生します。

がんばろう!日本!

(追記)

実はこの東北でのカキ養殖への被害が、この三重県にも影響を及ぼしていると友人に聞きました。現在三重県人として何ができるか、を考えています。形になりましたら皆様へもお知らせしたいと思います。

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カイポ師匠in伊勢時神宮

 

この震災で良く「祈っています」という言葉を聞きます。

私も良く使います。

 

実は少し前までこの「祈っています」という言葉、あまり好きではありませんでした。

もともと神様、とかスピリチュアルとか、そういうものをあまり信じなかったせいでもあります。

 

受験の時に「受かるように祈っているよ」と言われ、

「頑張るのはオイラ自身しかいませんから」

などと不貞腐れて答えたこともありました。

 

「仕事がうまくいくように祈っているよ」と言われ、

心の中で「だったらお客さんのひとりも紹介してくれよ」

などと思ったこともあります。

 

実際に何かをしてくれなかったら何にもならないじゃないか、と。

口先だけの応援だったらいらない、と。

 

ただね、最近思うんです。

けっきょく何かをしなければいけないのは自分でしかない。

援助とか応援とか、そういうものは助けでしかないんです。

われわれは支え合い協力し合って生きていて、一人では生きていけないものです。

でも、最終的には自分自身が立ち上がらなければいけない。

自分自身で何かをなさなければ誰も何もやってはくれません。

 

その自分自身が自分自身の意志の力で立ち上がるとき、他人の言葉や行為っていうのはすごくありがたいものなのかもしれません。

 

1円玉を数枚、「がんばってね」と呟きながら募金箱に入れている小さな女の子がいました。

その姿を見て力の出ない人はいるでしょうか。

「たった数円で何ができるんだ」と思う人はいるでしょうか。

中にはそれを受け入れられないキャパシティいっぱいいっぱいになってしまった人もいるかもしれませんが、その姿を見てひとりでも多くの人が癒されたらそれは「正しい」ことなんですよね。

 

その姿をみて元気になって立ちあがった人はその人自身が勝ちなんです。

その姿を見て批判的になって目をそらしてしまったらその人自身は(負けではないにしても)先には進めません。

 

昔のネイティブハワイアンも日本人も、「言霊」と言うのを信じていました。

だからハワイアンネームも日本の名前にも一生懸命考え、その名前に意味を込めてつけられます。

人は名前通りの人間になってしまう、と本気で信じていたからです。

 

「がんばれ」「祈っています」の一言一言にもその人の言霊が入っています。

…残念ながら表面的な慣用句として「祈っています」といわれても心がびくともしないという一面はやはりありますが。

 

「祈っています」と言うことで、本気で祈っている人は、自分自身に何かできないか、と考えています。

そうやって本気で祈り続けることで、その祈っている対象のことを忘れないでいる。それだけでも大切なことなんです。

忘れないで祈り続けていれば、いつか自分にできること、自分でもできることが見つかります。

その時に動けばいいんです。

 

確かに、レスキュー隊などのように果敢に被災地に入っていってひとりでも多くの方を救助したい、

確かに、テレビに映っているボランティアの方のようにすぐに避難所に行って何かしてあげたい、

確かに、チャリティコンサートをしたり、何千万円も何億円も寄付したいのは山々です。

でもそうできる人はごく一部。経験があって訓練された人、もしくは金銭的な成功者でないと迷惑になるだけです。

ほとんどのわれわれは自分の持ち場所で日本を支えるためにも、自分の生活のためにも、今できることを一生懸命やるしかない。

 

できることは「何かをしたい」と思いながら「祈り続ける」ことなのかもしれません。

今は、まず自分の生活と日本と言う国を少しでも安定させるために頑張ること。

それをしながら何かできることはしていくこと。

 

何に祈るかは私にもわかりません。

「祈る」という言葉が適切でなければ「自分の内面に語りかける、約束する」という言葉でもかまいません。

 

なんでもいいから「気持ちを集中させて、自分の気持ちを唱え続けること」。

そしてそれを言葉にして言霊として自分自身に約束し被災地の人に伝えること。

 

日本、世界からの言霊が少しでも早く被災された方に届き、元気にしてくれますよう。

 

 

 

 

 

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Okole Maluna!

実際には「O」の上に棒が入るハワイ語です。

今日、英保歯科医院の院長、ハワイ先生がfacebookで送ってくれた言葉です。

1年前くらいにツイッターで知り合い、ちょっと意地わるそうでつっけんどんな、でもオイラは人としてとても信用している腕のいい大阪の歯医者です。大好きなやつです。

 

ひとつの誰かから送られた言葉が、人に火をつけることってあるんです。

 

Okole Maluna!

英語で言うと Bottoms Up!、つまり「乾杯!」と言う意味です。

実際に昔から使われていた言葉かどうかはわかりませんが、ネイティブハワイアンと酒を飲むとこの「Okole Maluna」という掛け声が飛び交い、夜通し歌い踊り続けます。

この言葉、このようにお酒を飲むきっかけの乾杯としての言葉でもありますが、「早く呑め」という、人をけしかける掛け声の言葉でもあります。

言葉そのままの意味、そして使われるシチュエーションから「ケツを上げろ」って意味にも使われることがあります。

ケツを上げろ!

座ってないで立ち上がれ! なにグズグズしてやがるンだ! 立て!

 

東日本震災、そして原発のこと。

実際には被害を受けていないわれわれにも色々なことがあり、色々なことを考えさせられることがあまりにも多く、毎日慰めの言葉を送り続けている人、毎日新しい情報をツイッターしている人、少しでも明るい話題や話を提供しようとしている人、非被災地で経済を持ちこたえなければいけない黙々と頑張っている人。

みんなが色々なことを考えて、色々な行動をしています。

日本人って素晴らしいな、と思います。

 

オイラは、と言えば黙々と日本経済を支えよう、という活動をすることに決めた一人。

稼いだお金のできるだけ多くを毎日義捐金の箱に入れています。

 

あることがきっかけでブログもツイッターも書けなくなりました。

どうもオイラの人の励まし方は普通ではないようで、一生懸命考えてやったことが人を不愉快にしてしまったからです。

30人にしたことのうち一人でもが不愉快になってしまったとしたらそれは大変いけないことです。

 

ツイッターにしてもブログにしても、ある意味ではオープンな媒体です。

ですから自分を知ってくれる人も知らない人も、相手を知っている人も知らない人も、なんだか親しい友人のように話しかけてしまいます。

実際にはそんなにわかりあえている関係ではないのに、わかったつもりになって距離を測り間違えてしまう。

そういう危険が伴うのだ、ということが良くわかりました。

 

そうなると、明るい話題とかおちゃらけた話題が書けなくなってしまう。

「被災者感情をわからないで、被災者感情を逆なでする無神経な奴」

になってしまうからです。

これってテレビやラジオなどのマス媒体と一緒の反応になってきてしまってるんです。

だから無難なことしか放送できなくなる。呟けなくなる。

 

確かに被災されている人のことを笑い物にしたら、それは非常識です。気○がいです。

人間の資格はありません。

でも被災地の人に明るくなってもらおうと何かをすることが悪いことだとは思いません。

私の場合はその方法と相手を間違えたために大失敗しましたが、それさえ間違わなければ、正しいことをやめる必要はないのかもしれません。もうこれ以上いやな思いをしたくないがために少し臆病になりすぎたのかもしれません。

 

ツイッターはマス放送と違って、その人の呟きを見たいか見たくないか選べる媒体です。

幸い私は有名タレントでも有名スポーツ選手でもありません。

だから読みたくない人にはフォローを外してもらえたらいい。ただそれだけのことなんですよね。

 

いつの間にかツイッターをマス媒体のように認識してわけがわからなくなってしまっていたのは自分自身なのかもしれません。

ツイッターにはツイッターの距離感というものがあることをしっかり認識したうえで付き合うことは有益なことです。

余計なことを考えて何もしないよりは、何かをした方がいい。

そういうことなのかもしれませんね。

 

空々しいと思ってた励ましの呟きですが、それで元気づけられた人が一人でもいたら、それはとても尊いことなんだな、と。

いろいろなことを頭で考えて面倒になって何もやらなければ何も生み出さないのだ、と。

 

自分のやることを受け入れられない人は離れていってくれたらいい。

そういうことなんですよね。

いつのまにかマス媒体に出ている人のように、自分がどういう人間なのか、ということを忘れたただの臆病な人間になってた自分を反省しました。

 

Okole Makuna!

ハワイ先生、あんたの一言にやられました。

そろそろケツを上げることにしますよ。

 

 

 

 

 

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ハワイの師匠であるパーカー・カイポ・カネアクアから届いたメールです。

いただいたレターを公開するのはいかがなものかとも思いましたが、私や仲間だけではなく、おそらく日本の皆様に充てたレターであると判断しましたので公開いたします。

(カイポ師からの言葉を日本人の奥様が日本語に直して送ってきてくださった手紙です。原文そのまま)

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Aloha 日本の皆様

このたびは大変な災害で日本の何処にいても、どんな被害があるのか分かりませんが、皆様のことを案じております。皆様無事でいらっしゃいますでしょうか。

どんなことも意味があってのことだと思いますが、カイポは「私たちは時々自分自身をテストする事が必要だ」と言っておりますが、ほんとうに神様からいただいたこの警告のサインをないがしろにすることなく、いつでもどんなことにも気をつけて過ごしたいですね。そして、お互いに助け合うということ。どんなに離れて いても出来るただひとつのことは祈ることだと思います。どうか、祈ってください。ご自身、家族、友達、そして他の人のためにも。

私たちも勿論祈っております。そして、皆様が無事であることを信じております。

神様の祝福がありますように。

Mahalo

カイポ&三和子

中日新聞三重タイムス3月11日に掲載された文章に少し加筆したものです。

地震で大変な時期に、とも思いましたが

亡くなられた方々のご冥福を祈り、

未だにつらい思いをされている方には、

ほんの少しの気晴らしになれば幸い

と考えて載せさせていただきます。

 

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酋長いちおしのレイプロデューサーUMAHANA作。ハワイ魂あふれたレイ。 www.umahana.com

 

『レイとハワイ魂』

ハワイ・ホノルルの空港に着くと可愛いロコガール=現地の娘さん(たまにおじさんだったりもしますが…)が首にかけてくれる色とりどりの美しい首飾り。そう、ご存知「レイ」です。

レイの起源はハワイに移住してきたポリネシア人がマルケサス諸島あたりから持ち込んだものと言われています。

「首飾り」だけではなく植物で作った頭にかぶる「冠」もレイ。

花や草木のほかに、高位の者しか身につけられない鳥の羽根でできたレイ、ククイの実や貝殻、そして動物などの骨、歯などでできたレイ、など多種多様なレイがあり、大切な儀式に身につけられ、ヘイアウ(神殿)などに捧げられました。

神様に捧げるものであったことからもわかるとおり、レイはとても尊い、ハワイアンの気持ちのこもったツールです。

祈りながら編み込み、祈りながら捧げる。

これがレイ、です。

レイのことを「愛」、と表現する人もいます。これは「愛する子供、夫婦、家族、恋人」のことをハワイ語では「LEI」と言ったりすることからはじまっています。

愛する子供を肩車すると、その子供の両足がちょうどレイをかけた状態にぶら下がるでしょう?この微笑ましいイメージを「LEI」と表現するのだそうです。

 

愛をもって自然、そして神に祈りをささげる時、ハワイアンは必ずレイをかけます。フラを踊る人たちが必ずレイを頭や首にかけているのはこれが理由です。神殿や彼らが大切にしている場所にレイを捧げたりもします。

自然と共存しながら、自然や神に感謝して、愛を持って生きていく。これが「レイ」であり「ハワイ魂」なのです。

この考え方は日本の「八百万の神」の考え方とほとんど同じです。

 

自然とは今回の地震のようにときにはすごく怖くて恐ろしいものにもなります。

ただ普段はわれわれ人間に栄養を与えてくれて生かさせてくれている優しくてわれわれには絶対に必要なものでもあります。

 

生かさせてくれていることに心から感謝し、

時に見せる怖くて絶対的で残酷な一面に畏敬の念を持ち、

ともに共存しながら幸せに暮らしていく。

自然に恵まれた(ていた)島国、という共通点がハワイと日本の哲学の根底にあったはずです。

「ハワイ魂」と「日本魂」…似ているところがたくさん見られる由縁です。

 

ネイティブハワイアンはわれわれが忘れてしまった「何か」を時々思い出させてくれます。

われわれもここらへんで一度立ち止まって深呼吸してみませんか?

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Noa Yoshi Profile

(略歴…Amazonより)
東京生まれ。慶応義塾大学卒業後、広告業界でマーケティングプランナー。島々の宣伝にたずさわり島にハマる。その後ハワイに渡り、マッサージ会社を設立、ハワイのヒーリング研究のためネイティブハワイアンのカフナ(高位の専門職)や長老のインタビューおよび文献研究を始め、現在に至る。
(職業)
●クウイポロミロミスクール&サロン経営
●執筆、講演活動(ハワイ・ポリネシア・ヒーリング・サロン経営)
●【ロミセラ】主宰(ロミロミとハワイの癒しをもっと勉強したいセラピストたち)
●心理カウンセラー(ハワイの叡智で心を楽に)
●国立琉球大学国際地域創造学部ウェルネス研究プラットフォームアドバイザー
(執筆した本など)
http://www.amazon.co.jp/NOA-YOSHI/e/B006474ZB8/
(Facebook)
https://www.facebook.com/noayoshi
(Instagram)
https://www.instagram.com/noayoshisan/
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